法人向けのAI研修には、国の助成金を使える場合があります。中小企業なら訓練経費の75%が助成されるため、負担は大きく変わります。

一方で、要件を満たさずに実施してしまい対象外になる、申請の時期を逃す、といった失敗も起きています。この記事では、2026年9月時点の制度内容をもとに、AI研修で使える助成金の要件と申請の流れ、つまずきやすい点を整理します。

制度の内容は年度によって変わります。 実際に申請する際は、必ず厚生労働省の最新資料または管轄の労働局でご確認ください。

AI研修に使えるのは「事業展開等リスキリング支援コース」

法人向けAI研修で主に使われるのは、厚生労働省の人材開発支援助成金のうち「事業展開等リスキリング支援コース」です。

このコースは、新規事業の立ち上げやDX推進などに伴って新たに必要となる知識・技能を習得させる訓練を対象としています。生成AIの研修は、要件のうち「企業内のデジタル・DX化を進めるにあたり、これに関連する業務に従事させる上で必要となる専門的な知識及び技能の習得をさせるための訓練」に該当し得ます。

対象となるのは、雇用保険適用事業所の事業主と、雇用保険被保険者である労働者です。

助成率と限度額

中小企業と大企業で条件が異なります。

企業規模 経費助成 賃金助成(1人1時間)
中小企業 75% 1,000円
大企業 60% 500円

受講者1人あたりの経費助成限度額は、訓練時間によって変わります。

企業規模 10〜100時間未満 100〜200時間未満 200時間以上
中小企業 30万円 40万円 50万円
大企業 20万円 25万円 30万円

1事業所が1年度に受給できる助成額は1億円が上限です。

助成額の計算例

実際にいくら戻るのかを、条件別に試算します。中小企業の場合です。

例1:集合研修(通学制)を12時間、5名が受講

項目 金額
訓練経費 1人あたり20万円/計100万円
経費助成(75%) 75万円
賃金助成(12時間 × 1,000円 × 5名) 6万円
助成額合計 81万円
実質負担 19万円

1人あたりの経費20万円は限度額(10〜100時間未満で30万円)の範囲内のため、全額が助成対象になります。

例2:同じ内容をeラーニングのみで実施

項目 金額
訓練経費 1人あたり20万円/計100万円
経費助成の限度額 1人15万円
経費助成(15万円 × 75% × 5名) 56.25万円
賃金助成 対象外
助成額合計 56.25万円
実質負担 43.75万円

同じ研修内容・同じ金額でも、形式が違うだけで助成額に25万円近い差が出ます。実質負担は19万円と43.75万円で2倍以上の開きです。

eラーニングは1人あたりの研修費用そのものが安いことが多いため、単純にどちらが得とは言えません。ただし助成金を前提に予算を組む場合、この差を計算に入れておかないと想定が崩れます

例3:訓練時間が9時間だった場合

助成額はゼロです。訓練時間10時間以上という要件を満たさないため、どれだけ費用をかけても対象になりません。

「半日研修を1回」という構成が対象外になるのは、この要件によるものです。

見落とされやすい要件

訓練時間が10時間以上必要

このコースの対象となるには、訓練時間数が10時間以上であることが要件です。

半日の集合研修を1回だけ実施しても、時間数が足りず対象になりません。助成金の利用を前提にするなら、研修の設計段階から10時間を満たす構成にしておく必要があります

数時間の入門セミナーを複数回受ける形で合算できるかは、訓練の計画をどう届け出るかによります。事前に労働局へ確認してください。

eラーニングだけで実施すると限度額が半分になる

ここが最も見落とされやすい点です。

eラーニングおよび通信制による訓練は、経費助成のみで賃金助成は対象外です。加えて、経費助成の限度額が中小企業15万円、大企業10万円に下がります。通学制や同時双方向型の訓練と組み合わせて実施する場合も同様です。

つまり、動画教材だけで研修を組むと、通常なら30万円まで受けられる助成が15万円に半減します。

動画教材は受講しやすく費用も抑えられますが、助成金の観点では不利です。集合研修や、講師とやり取りしながら進める形式を一部組み込むことで、限度額の扱いが変わる可能性があります。設計の段階で検討してください。

なお、定額制のサービスによる訓練の場合、経費助成限度額は受講者1人1月あたり2万円です。

OFF-JTであること

企業の事業活動と区別して行われる訓練である必要があります。通常業務のなかで先輩が教える形(OJT)は、このコースでは対象になりません。

他のコースとの違い

人材開発支援助成金には複数のコースがあります。AI研修で候補になり得るものを挙げます。

コース 主な対象 AI研修との関係
事業展開等リスキリング支援 事業展開やDX化に伴う新分野の訓練 最も該当しやすい
人への投資促進 デジタル人材・高度人材の育成、定額制訓練など 内容によっては該当
人材育成支援 職務関連の知識・技能習得、OJT付き訓練 一般的な業務研修向け

どのコースが適用できるかは、訓練の内容と自社の状況によって変わります。複数のコースに該当し得る場合でも、併用はできません。 どれで申請するかを決めてから計画届を作成します。

判断に迷う場合は、計画届を作成する前に労働局へ相談してください。提出後にコースを変更するのは手間がかかります。

申請の流れと期限

助成金は「研修を受けたあとに申請する」ものではありません。事前の届出が必須です。

段階 内容 期限
準備 職業能力開発推進者の選任、事業内職業能力開発計画の策定と社内周知 計画提出前
計画提出 職業訓練実施計画届、事業展開等実施計画、対象労働者一覧などを労働局へ提出 訓練開始日の6か月前から1か月前まで
訓練実施 計画に基づき訓練を実施。支給申請までに訓練経費の全額を支払う
支給申請 支給申請書、OFF-JT実施状況報告書、出勤簿、賃金台帳の写しなどを提出 訓練終了日の翌日から2か月以内

計画届の提出は、訓練開始日の1か月前が締め切りです。来月から研修を始めたい、という段階では間に合いません。

逆に6か月前より早く出すこともできません。実施時期が決まってから逆算して動く必要があります。

つまずきやすい点

労務書類の不備。 出勤簿、タイムカード、賃金台帳の写しが必要になります。これらの整備状況に問題があると、要件を満たしていても受給できないことがあります。申請前に確認してください。

事業展開等実施計画の記載。 このコースでは、事業展開の内容を記載した計画書を計画届と併せて提出します。「DXを推進する」といった抽象的な記載では通りません。何をどう変えるのか、そのためになぜこの訓練が必要なのかを具体的に書く必要があります。取り組み内容を事前に整理しておいてください。

経費の支払い時期。 支給申請までに訓練経費の全額を支払っている必要があります。分割払いや後払いの契約になっていると、申請時期に間に合わないことがあります。

訓練内容の変更。 計画届を出したあとに訓練内容を変えると、対象外になる可能性があります。研修会社との調整は計画提出前に済ませてください。

申請代行の範囲について

助成金の支給申請そのものの代行は、社会保険労務士の業務です。研修会社が報酬を得て代行することはできません。

研修会社が「助成金の申請をサポートします」と説明している場合、その内容は次のいずれかであることが一般的です。

  • 訓練カリキュラムや実施証明など、研修会社側で用意すべき書類の提供
  • 制度の説明と、必要書類の案内
  • 提携している社会保険労務士の紹介

どこまでを誰が行うのかを契約前に確認してください。「代行します」という説明を受けた場合、実際に申請書を作成・提出するのが誰なのかを聞くべきです。

助成金を使わないほうがよい場合

助成金は有利な制度ですが、すべての会社に適しているわけではありません。次のような場合は、使わずに実施したほうが合理的です。

すぐに始めたい場合。 計画届の提出期限があるため、最短でも訓練開始の1か月前には動き出す必要があります。準備期間を含めると2〜3か月かかります。事業上の理由で今月中に始めたいのであれば、助成金を諦めるという判断もあり得ます。

受講者が数名の場合。 助成額は人数に比例するため、2〜3名では手続きの手間に対する見返りが小さくなります。計画届の作成、事業内職業能力開発計画の策定、支給申請の書類準備を考えると、社内の工数のほうが大きくなることがあります。

労務書類が整っていない場合。 出勤簿や賃金台帳に不備があると受給できません。書類の整備から始めるとなると、研修の実施が大幅に遅れます。この場合はまず労務管理の整備を優先し、次年度の研修で助成金を使うほうが確実です。

助成金を使うかどうかは、受け取れる額と、そのためにかかる社内工数を比べて判断してください。

研修の設計段階で決めておくこと

助成金を前提にする場合、研修の内容を決める前に次を確定させてください。

訓練時間を10時間以上にする。 これが最優先の条件です。時間数を満たすために内容を薄めるのは本末転倒ですが、逆に「必要な内容を入れたら自然に10時間を超えた」という設計が理想です。

実施時期を決める。 計画届の提出期限から逆算します。繁忙期と重なると受講時間を確保できず、要件を満たせなくなります。

受講者を確定させる。 対象労働者一覧を提出するため、誰が受けるかを先に決める必要があります。途中で入れ替えると手続きが煩雑になります。

研修の形式を決める。 eラーニングのみか、集合研修を含むかで限度額が変わります。ここは費用に直結する判断です。

よくある質問

Q. 助成金は必ず受け取れますか

保証できるものではありません。要件を満たしていても、計画の届出時期や書類の不備によって不支給になることがあります。助成金が出なかった場合の負担額も想定して予算を組んでください。

Q. 制度の内容はいつ変わりますか

年度単位で見直されます。令和8年度は事業展開等リスキリング支援コースに設備投資加算が新設されました。検討時点の最新の要件を必ず確認してください。

Q. 小規模な会社でも使えますか

雇用保険適用事業所の事業主であれば、規模による制限はありません。ただし、職業能力開発推進者の選任や事業内職業能力開発計画の策定といった準備が必要になるため、その手間を見込んでおいてください。

Q. 役員も対象になりますか

対象となるのは雇用保険被保険者である労働者です。代表取締役や役員は原則として対象外です。役員が受講すること自体に問題はありませんが、その分は助成の対象人数に含まれません。

経営者自身がまず使ってみることは定着の面で重要ですが、助成金の計算には入れないでください。

Q. 研修を分割して実施してもよいですか

計画届に記載した内容どおりに実施する必要があります。分割そのものが問題になるわけではありませんが、当初の計画と実施内容が食い違うと対象外になる可能性があります。

分割して実施する予定であれば、計画届の段階でその構成を記載してください。

Q. 受講者が途中で退職した場合はどうなりますか

訓練を修了していない受講者は対象になりません。そのぶん助成額が減ります。対象労働者一覧を提出する段階で、近く退職が見込まれる人を入れないようにしてください。

Q. どこに相談すればよいですか

管轄の都道府県労働局またはハローワークが窓口です。制度の詳細や、自社の計画が要件を満たすかの確認は、こちらで行ってください。申請書類の作成を依頼する場合は社会保険労務士に相談します。

まとめ

  • AI研修に使えるのは人材開発支援助成金の事業展開等リスキリング支援コース
  • 中小企業は経費の75%、賃金助成は1人1時間あたり1,000円
  • 訓練時間10時間以上が要件。半日研修では足りない
  • eラーニングのみだと経費助成限度額が中小企業15万円に半減し、賃金助成も対象外
  • 計画届は訓練開始日の6か月前から1か月前までに提出。受講後の申請では間に合わない
  • 支給申請の代行は社会保険労務士の業務。研修会社は行えない

研修の内容と助成金の要件は、設計の段階から一緒に考える必要があります。どの形式なら要件を満たせるか、時間数をどう組むかも含めてご相談ください。

費用の全体像は生成AI研修の費用相場、研修の選び方は法人向けAI研修の選び方にまとめています。

※本記事は2026年9月時点の公開情報にもとづいています。制度の内容は変更される場合があるため、厚生労働省の最新資料をご確認ください。